思考だだ漏れノートG

モノ、ゲーム、PCなどについてのブログ。

純日記

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僕には、僕の言葉、というものがあって、それはどんなものかというと、僕の体にひっついていたり、僕の脳中で響き渡っていたりする言葉だ。
それらは大抵、他人にとって何の意味もなく、ただ僕から発せられる時を待っている。
そもそも言葉が純粋に僕固有のものであることなど不可能だ。だからそれらは、僕の言葉、であり、単なる、言葉そのもの、であるとも言える。呼び方の問題だ。
僕はただ、自分の体から毒を抜く要領で、僕の言葉、を発したいと願う。表明したいと欲する。
そういった僕の認識は完全な過誤なのかもしれない。それでいいような気もするし、ダメな気もする。
でも結果だけを見れば、僕は言葉を発したり発さなかったりしている、それだけのことだ。それを僕がどう捉えるかの違いでしかない。