rh日和(仮)

モノ、ゲーム、PCなどについてのブログ。

「3Dクラシックス 星のカービィ 夢の泉の物語」をプレイ

まるかいて
おまめがふたつ
おむすびひとつ
あっというまに
ほしのカービィ!

 初めて知った絵描き歌は、定番の「かわいいコックさん」ではなく、「星のカービィ 夢の泉の物語」のオープニングで流れるこの歌だった。おかげで、新品のノートのそこらじゅうに、こんな感じのカービィの絵が描かれることになった。

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↑3DSのメモ機能で描いた。

 「星のカービィ 夢の泉の物語」は、1993年3月23日にファミリーコンピュータ用ソフトとして任天堂より発売された横スクロールアクションゲームである(by Wikipedia)。そしてそのゲームを3DS用に移植したのが、「3Dクラシックス 星のカービィ 夢の泉の物語」だ。

 クラシックスシリーズの特徴は、オリジナルのデータを使用したベタ移植ではなく、3DSによる立体視化を実現するためだけに、わざわざイチからグラフィックやプログラムを作り直し、元のゲームと同じ挙動になるように調整するという、非常に手間のかかる手法で制作されているということ。

 そのへんのこだわりや苦労について、製作者が語っているのを見て興味を持ったのだが、きっかけが無く手を出さずにいたのを、今回ようやく手を出せたのである。

togetter.com


 さっそくダウンロードしてプレイしてみたが、ゲーム内容自体はファミコン版と変わりなく、つい最近にも横スクロールのカービィシリーズをプレイしたばかりだったので、新鮮な驚きはそれほど無かった。しかしそれでも、およそ20年前に作られたゲームとは思えないほどの親切な作り込みは、充分に感じられた。

rhbiyori.hatenadiary.jp

 メインのステージは、子どもでもクリアできるほど簡単だが、サブゲームをパーフェクトクリアするのは、ゲームが上手い人でもかなり難しい。このへんの難易度調整は見事。

 コピー能力が初出の作品ということで、性能がイマイチな能力も多い。にも関わらず、ステージ内のギミックの中には特定のコピー能力が無いと起動できないものがあるため、「いかにコピー能力を失わずにギミックまで辿り着くか」という、制限プレイ的なシステムに若干近くなっている(ギミックは起動しなくてもクリアには問題ない)。

 しかし、そもそも「コピー能力」という概念自体が、当時においてかなり画期的な発想であったことを忘れてはならない。各コピー能力のモーションもかなり凝っており、「バーニング」や、「ハイジャンプ」、「ホイール」など、使っているだけで爽快感がある能力が多数。「レーザー」という響きと見た目のカッコよさに惚れて、使いづらいのにやたらと愛用したり、「UFO」を手に入れた時の無双感と、ステージ間で能力を持ち越せないと気づいた時のガッカリ感の落差を味わったりしたことを、懐かしく思い出す。


 小説や映画などの中で、「古典」と呼ばれるような作品には、人生を通じて向き合い、自分と世界との関わりの変化を確認することができる、という良さがある。

 古典、と呼べるほどの時間は経っていないものの、発売から20年経てもなお、多大な労力をかけてでも移植されるほどの魅力を持った本作は、いずれ古典と呼ばれうるような名作であることは間違いない。

 人はいずれこの世から消えてなくなるが、その人が残した作品が後世に残ることもある。じゃあ、残らなかった作品はムダなのか? そうではないと思う。

 カービィが吸い込んで飲み込んだ敵が、コピー能力を持たない「スカ」だったとしても、ゲームクリアという観点から見れば、それは全くムダではない。つまりそういうことだと思う。そういうことにしてほしい。そういうことにしたほうが、文章がうまくまとまったような感じがするじゃん!! (逆ギレ)