rh日和(仮)

モノ、ゲーム、PCなどについてのブログ。

「マチ」

訳もなく歩いていた。ほとんど漂っていたと言っていい。
あるいは僕はほとんど不定形だったのかもしれない。なにしろあたりは真っ暗だったし、自分の皮膚感覚もぼんやりとして曖昧だったから。
だから、流れていたと言った方が正確かもしれないし、本当は動いてさえいなかったのかもしれない。
それでも、直感的に僕は自分が歩いているとわかったし、それ以上の情報が手元にない以上、それらは結局どうでもいいことだった。
そんな曖昧な状態は、何の前触れもなく終わった。
僕はもう人間だったし、服を着て、靴底越しに土の地面を踏み締めていた。
土は渇いていて、あたりには枯れかけた草がまばらに生えていた。そして目の前に「マチ」があった。
町、ではない。なにしろ「マチ」と書かれた、木を切って組み立てただけ、みたいな簡素な看板が一本突っ立っているだけなのだ。意味がわからない。訳がわからない。
自分は今何も持っていない。ならばせめてこの看板一つでも持って行った方が何となく心強いような気がした。なにより、その看板からは、持ち去ることで何か問題が起きたり災難に見回れたりするような、不吉さのようなを全く感じなかったのが大きい。
実際、その後は何も起きなかった。「マチ」を引っこ抜いた瞬間、僕は自分が何者であるか、はたと思いだし、そこがどこであるのかも思いだし、真っすぐ家路についた。家からはそう遠くはなかった。
結局、あれはなんだったのだろう。僕は本当に、あの何もかもが曖昧な状態以前から存在したのだろうか。とりあえず家の軒先に立てておいたあの看板は、一体なんなのだろうか。僕の家が、あるいは僕自身が、「マチ」になったということなのだろうか。「マチ」になるということは何を意味するのか。何もわからない。