思考だだ漏れノートG

モノ、ゲーム、PCなどについてのブログ。

立ち読みについて。

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Togetter - 「立ち読みって何が悪いの?」

思いついたことをだらだら書いていこう。

まず思いついたのが、まぁ説教好きな人が多いこと。立ち読みは今のところ法律で禁止されていないわけで、純粋にモラルの問題でしかない。しかも恐らく、百人が百人悪だと考えるようなタイプの問題ではないだろう。

にもかかわらず、件のお方を、まるで逆賊のように扱う人が後を絶たないというのは、見ていてなんともいえない気分になる。

次に綿矢りさがどう思うか、と考えてみた。

僕は「蹴りたい背中」の頭と終りをちょっとだけ読んで投げ捨てた程度の読者ではあるけれど、多分彼女は第一に「より多くの人に自分の作品を読んでもらいたい」という、純朴で根本的な考えを持っているに違いない。それは小説家、ひいては芸術作品を創る人の多くが持っている考えだろう。まして芥川賞をとるような小説家である。いくらベストセラー作家とはいえ、金を稼ぎたいなら株でもやったほうがマシだろう。

もちろんそれが単純に立ち読みを肯定することにはならない。彼ら・彼女らだって仕事でやっているのだ。印税を貰えなければ暮らしてゆかれない。

ただ、これは僕の私見だけれど、出版物の流通・販売のシステムは、「立ち読み」を包括しているのではないかと思う。

出版物が流通ルートに乗ることではじめて作者は著作者を得られる。(そのへんの用語とかに自信はないです。)確かに、「読んだ人数分の利益がきっちり配分される」という考え方はクリアカットでよろしいと思う。しかしそれはあくまで「便宜」のようなものなのではないだろうか。

うーん、言いたいことがよくわからなくなってきた。つまり、既存の出版システムは単純に本を売るためだけにあるのではなく、立ち読みをする人のためのものでもある、と僕なんかはそう思うわけです。

立ち読みがイヤだったら、作家は自主出版すればいいし、出版業界は立ち読みを禁止すればいい。でも立ち読みというのは広告効果も兼ねているわけで、そうしたら本が売れなくなってしまうかもしれないし、おそらく読者は減るだろう。それこそ本末転倒ではないだろうか。

だからといってあのお方を手放しで褒めるべきであるとは言えない。かといってあのお方を叩くのが正義であるようには僕には思えず、むしろ混みいった事情を無視して正義感ぶってるようにも見える。

それから立ち読みとマジコンは話がぜんぜん違うでしょ。だってゲーム屋行ったって立ちゲームできないでしょ?タダって観点にこだわって他を捨象してもしょうがないでしょう。

で、結論なんだけど、立ち読みはOK、というわけではないけれど、完全禁止にされたらみんな困るでしょ。中身の確認とか出来ないし。そして今のところ出版業界としては立ち読みされる損よりも、手間を省くことや広告効果を選んでいる。そういうシステムに基づいて、例え全部を立ち読みをする人がいるとしても、作者はトータルで正当な対価を得ていると言えると思う。ただ延々立ち読みしてる人がいたら周りに人は迷惑に思うかもしれない。まぁその程度のことだと思う。

あと関係ないんだけど、「自分の持ってるゲームを他人の家に持って行って一緒にプレイ」するのって賃貸にならないのかな。ちょっと気になった。