思考だだ漏れノートG

モノ、ゲーム、PCなどについてのブログ。

『ドラゴンクエスト11』のストーリーをどう評価するか悩む夏の日

 未だにブログを書く時間を『ドラゴンクエスト11』に吸い取られ続けている。ヤバい。マジヤバい。

ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

 でもいざドラクエ11について書こうとすると、どう書いていいのかわからない。

 今回はそんな話を、いつもより砕けた文体でしたいと思う。ブログ書くリハビリも兼ねて。かなり遠回しに書いたけど確実にネタバレが含まれているので注意してくださいな。






 で、ドラクエ11についてどう書くか。うーん。

 面白かったんだけどね。スゲー面白かったんだけど。うーん。

 以前、村上春樹と堀井雄二の類似性を指摘した本を読んだんだけど、今回ますますそんな感じ。どんな感じ?

 セルフオマージュの嵐だよ、つまり。どっかで見たようなストーリーがいっぱい出てきて。

 そういうのってどう評価したらいいんだろう、って戸惑ってる。

 ワンパターンなのはよくない、ってのは一つの価値観。

 面白ければワンパターンでもいいんだよ、ってのもまた価値観。

 場合によるんじゃない? っていう折衷案。

 で、コレを書いてる僕自身はどう考えているか。

 そこなんだけども。モヤモヤしている、ってのが一番近い感想。

 「ゲームとしては面白いんだけど、ストーリー自体はどっかで見たような感じ。それっていいんだろうか。」というのが今の感想なわけだけど。

 そういう歯切れの悪い意見って、文章にしにくいんだよね。だから困ってる。


 全体のストーリーを見ると、ドラクエシリーズとしてはかなり斬新なんだけど。

 でもその斬新さはあくまでドラクエとして見た場合で、他のフィクションではわりとありがちな話だったりする。

 もちろん似てる=パクリと言いたいわけじゃないし、似てる=悪いとも限らない。これも上に書いたことと共通してるけど。

 ただその「ありがち感」にも少しだけ乗れない自分がいるんだよね。話として立体感をほんの少し欠いてるっていうか。

 一方で、個別のエピソードに関してはエンタメ全開でかなり良かった。
 
 キャラクターを魅力的に見せるためのお話が多くて、愉快だったり悲しかったり。この辺の評価は自分の中でかなり高い。


 っていうか「エンディングがあんまりスッキリしない」っていうのが今回の一番モヤモヤするポイントなのかもしれない。

 そんでそのモヤモヤにゲーム全体の評価が引っ張られてるのかも。うん、かなりありえる。

 ドラクエなんだから、みんな頑張って魔王倒して平和! でいいのに、変な捻りを入れたせいでスッキリ感が減じてしまっていると思う。

 最近ドラクエ1〜3をクリアしたばっかりなので特にそう感じるのかもしれない。


 今作を全部クリアした人は、みんなある種の「喪失感」を抱えているんじゃないかと思う。喪失感と言っても村上春樹作品的な意味とはだいぶ違う、と思う。

 主人公は、ある大切なものを失ったままラストを、っていうかラストのラストを迎える。

 失うというか、置いてきたままにする、と言った方が近いかもしれない。

 そしてそれがハッキリと回復されることは無い。多分、無い。僕の見落としが無ければ。

 回復の予兆のようなものは随所に感じられるようになっている。でも明示的な説明はない。

 例えば僕が一番好きなドラクエ5では、最終的に両親であるパパスとマーサが死んでしまう。

 でもそこには「後のことは若い世代に任せましょう」的な世代交代のニュアンスがあって、あんまり喪失感が無い、というか喪失感が解決されている。

 ドラクエ3にも、勇者が故郷である上の世界に帰れなくなる、という展開がある。

 でも「その後勇者の姿を見たものはいない」的なメッセージによって、もしかしたら故郷に帰れたのかもしれないという想像の余地が残されている。

 それに比べてドラクエ11の主人公は、ある意味で世界全体から浮いた存在のままでストーリーが終わる。

 その点では、夢と現実の自分の合体によって、そのどちらとも違う人間になってしまったドラクエ6の主人公に近いかもしれない。ちなみにコレ、最近『ドラゴンクエスト大辞典』を読んでつけた知識ね。


 ただよく考えてみたら、アレを「失った」と捉えるか「失ってない」と捉えるかは人によって意見が別れるのかもしれない。

 でも僕個人としては、かなりの度合いで「失ってる」と思う。

 本作のサブタイトル「過ぎ去りし時を求めて」は、プルーストの「失われた時を求めて」に似ている。ちなみに読んだことは無い。

 ドラクエ11の主人公は、失われたものを求めることとなる。そしてそれを得るためには、今持っているものを失わなければならない。

 それはかなり大きい喪失で、もし僕自身が同じ状況にいたら絶対に今持っているものの方を優先すると思う。

 でもゲーム的には「失う」方を選択するしか無い。そうしないとストーリーが進まないから。


 もしかすると本作のストーリーを書いた人(堀井雄二?)は、「もしあなただったら今持ってるものと失われたもののどっちを選ぶ?」という問いをプレイヤーに突きつけたかったのかもしれない。もしそうだったらなかなかにシブい仕掛けだと思う。

 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだときも、最後の主人公の選択にあまり納得がいかなくてモヤモヤしたんだけど、それに少し近いかもしれない。うん、やっぱ村上春樹と堀井雄二は似てる(こじつけ)。

 なんかこの記事を書いているうちに自分の中のモヤモヤが少しスッキリしてきたかもしれない。やっぱブログ書くのは良い。


 ところで今ドラクエ11で何をやってるかというと、クリア後の図鑑埋め作業だったりする。

 コレを攻略サイトを見ずにやってるもんだから、まーいつまで経っても終わらない。

 図鑑で「????」になってるモンスターに全然会えない。昼と夜で出るモンスター違うらしいんだけど、どっちも出ない。

 街にあるアイテムを全部取るのに1時間位かかる。フィールドも1時間。ダンジョンは30分くらい。それぞれ10〜20ヶ所ほど。そりゃ時間かかるよね。

 図鑑を埋めたら何が起こるのか、というのを攻略サイトで見ちゃえばそれでオシマイにできると思うんだけど、それがしたくない。

 なんでかって言えば、やっぱりゲームとして面白いから自力でやりたくなるんだろうね。