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アサシンクリード 1と3の比較など

 久しぶりに初代の『アサシンクリード』をプレイしたくなったが、既に売却済だったため、ブックオフで500円で買ってプレイしている。思っていたより面白い。

ユービー・アイ・ザ・ベスト アサシン クリード【CEROレーティング「Z」】

ユービー・アイ・ザ・ベスト アサシン クリード【CEROレーティング「Z」】

 アサシンクリードシリーズは、本編である1、2、ブラザーフッド、リベレーション、3をクリア済み。その上で今から1をやるのは、ちょっと違和感が大きいかと思っていたが、それほどでもなかった。
 つい最近プレイした3について、以前このブログで「ボリュームの多い初代っぽい」と書いたのだが、実際にそうなのかを列挙して検証してみたい。
 アサシンクリード3 クリア後レビュー - 思考だだ漏れノート

フリーラン

 これが一番意外に感じたのだが、3の後に1をやっても、フリーラン時にほとんど違和感が無い。Aボタン(○ボタン)の挙動が違うこと、木や岩には登れないこと、1はちょっと壁を登る速度が遅いことなどを除けば、大体一緒である。
 特に今回やり直してみて感じるのは、エツィオ三部作の頃から必須となった壁ジャンプや張り付きからの横方向ジャンプなどのテクニックを使うと、1のプレイがよりスムーズに出来るということ。いかに1の頃から完成度の高いシステムだったかということがわかる。
 3は、エツィオ三部作で追加されたダブルジャンプやフックブレードなどのアクションが軒並み削除されている。そのため、結果的に1に近くなったのかもしれない。自然物のフリーランを搭載したゆえの仕様だろうが、プレイする側としてはどうも納得いかない。

戦闘

 1の戦闘は、今から見るとかなり地味。カウンター時のアクション等はそれなりに豊富だが、そもそも武器が四種類しかないし、サブ武器もない。
 また、カウンターの判定が3よりかなりシビアな上に、カウンターに失敗するとスキが生じるので、相手の大振りな攻撃に対して早めにカウンターしすぎるとフォローが利かずダメージを喰らう。大振りな攻撃なのにカウンターをとりづらいというのは少々直感にそぐわない。
 しかし、初プレイ時は戦闘にかなり苦戦した記憶があるが、3までプレイした自分にとっては、1の戦闘ですらヌルく感じる。ひたすら殴りつつ他の敵が攻撃してきたらカウンターを狙うだけの簡単な作業である。強めの敵やテンプル騎士団にはちょっと大変だが、1は敵の数がそれ程多くないし、戦闘していても遠くの敵が集まってこないので、基地一つ潰すのでさえそれほど難しくはない。さながら3のコナーである。
 一方3の戦闘だが、カウンター自体は入力受付時間が長く、カウンターを連続入力しておけばほぼ確実に成功できる。さらに、カウンター成立後に時間が停止し、メイン武器・サブ武器・投げ・ガード崩しの四種類から反撃方法を選べるため、より思い通りのスタイリッシュな戦闘が可能。ただし、強敵は特定の反撃方法に対して「カウンター返し」でさらに反撃してくるため、適切な反撃方法を選ぶという判断力が必要になる。さらに敵が銃を使用してくることもあるので、別の敵を盾にして防ぐなどして回避しなければならない。
 あと、1も3も、戦闘中に能動的に体力(シンクロ率)を回復する方法が無いため、長期戦になるほど苦しくなってくる。このへんはリアリティがあってなかなかいいんじゃないかと思う。エツィオ時代は薬で回復し放題だった。


 1と3の戦闘の違いは、そもそものコンセプトの違いである。たしか3の開発者は主人公のコナーのことを「戦車に乗ったウルヴァリン」と評していた。つまり3の戦闘システムの派手さは制作者の意図通りだったということだ。
 1と3の戦闘、どちらがいいかは好みの問題ではないだろうか。ただ、少しでもシステムを進歩させようという制作者の努力は認めるべきだと思う。

敵兵

 1の敵兵は、はっきり言ってかなり無能。目の前で別の敵をステルスアサシンしてもまったく気づかない、明らかに視界の中で戦闘が繰り広げられているのに見向きもしない、発見時に追ってくる速度が遅いのですぐに撒くことが出来るなど。ちょっと間抜けが過ぎるというものだ。
 にも関わらず、キングダムでは近くを馬で駆け抜けるだけで発見状態になるなど、理不尽な点もある。
 対して3の敵兵は、とにかくしつこくこちらを追いかけてくる。ただでさえ場所によっては建物の密度が低く、フリーランで振り切るのが難しいのに、屋根の上を逃げても平然とフリーランで追いかけてくる。敵兵全員アサシンなのかと疑うレベル。
 面倒になって戦闘で倒そうと思うと、今度はとにかく敵兵がワラワラと集まってくる。10人や20人はザラ。普通に全編を通してプレイするだけで、軍隊が壊滅するんじゃないかというくらい敵兵を倒すことになるだろう。
 両者を比較すると、どちらも両極端といったところか。2やBHあたりがちょうどいいんじゃないだろうか。敵兵の数に関しては、時代の変遷による人口の増加を表現している、とフォロー出来ないことも無いが。

イベント・ストーリー

 よく言われている通り、1のイベント攻略は、かなり単調。街にいって、ビューポイント埋めて、市民救出、スリ、盗聴をやって、ボスを暗殺して、逃げる。以上を10回程繰り返すだけ。サブイベントは各地の旗集めとテンプル騎士団を倒すことだけ。全体のボリュームも少ない。
 ただ、個人的には、初回プレイ時にはその辺のことは気にならなかった。というか、イベントはおまけで、町中を走り回ったり、密かに敵を暗殺したり、高いビューポイントに登ったりするだけで十分楽しめた。
 ただし、旗集めの仕様だけはいくらなんでも不親切。広大なフィールドに隠された100本の旗を、地図上の目印も接近時のヒントも無しに探し出すというのは、純粋な苦行でしかない。まぁやりたくなければやらなければいいんだけど。
 今回特に気づいた点は、1ではボスを暗殺する際、まずそいつがいかに悪人かを示すイベントが挿入され、その直後に暗殺を実行することになるので、非常に話が分かりやすかったということ。
 例えば最初のボスである金貸し(確か)は、主人公であるアルタイルの目の前で、返済を渋る客を滅多刺しにした上で、みせしめのために町中に放置するという残虐行為に及ぶ。そいつをサクッと殺せるわけだから、わかりやすいしカタルシスがある。もっとも終盤になって、それが単純な勧善懲悪ではないことが発覚するのだが。
 対して3は、確かにイベントはかなり豊富で多彩なのだが、説明不足で動機がボンヤリしている部分が多い。母親と部族の敵討ち、というあたりはまだわかるのだが、なぜホームステッドを再興するのか、なぜワシントンの味方をしたのか、といったあたりがイマイチよく伝わってこなかった。その最たる例が悪名高い地下トンネルだろう。

全体的な話

 ちょっと印象論になってしまうが、1の時点では、とにかくアサシンを描こうという制作側のコンセプトがはっきりしていたと思う。エツィオ三部作に関しても「表の顔は貴族、裏の顔はアサシン」という描き方がちゃんと出来ていた。
 しかし3になって、アサシンにネイティブアメリカン要素を加えた、と言うより「ネイティブアメリカンに無理矢理アサシン設定をねじこみました」みたいな感じが出てしまっているのではないかと感じる。
 わかりやすい例は、自然物を使ったフリーラン。主人公のコナーはネイティブアメリカンであり、子どもの頃から木や岩に登ってその上を走ったり出来るが、イギリス人のアサシンである父親はそれが出来ない。つまり、自然物を使ったフリーランは、アサシンの技術ではなく、ネイティブアメリカンの技術なのである。このあたり、コナーがアサシンである必然性が、完全に崩れているとは言えないまでも、微妙にブレているのではないだろうか。
 そして、こういう微妙なコンセプトのブレを許しているということは、制作者が「アサシンを題材にしたゲームをつくろう」という所与の目的を見失っていることの証なのではないか。
 「アサシンクリードの続編作らなきゃなぁ。じゃあ時代はわかりやすくて人気出そうな独立戦争にして、主人公はその時代でアサシンやれそうなネイティブアメリカンにすっか。そんなら木の上とか走れるようにしたら面白いんじゃね?そんでトマホークもってガンガン戦うの。」みたいな会議が行われていたのではないか、と邪推してしまうのである。
 とはいえ、アサシンクリード3は、過去作からの劣化点が目につくものの、単体として見ればそれなりの魅力を持ったゲームであり、それがこのゲームの評価を難しくしている理由でもある。
 続編は海賊が主人公らしいが、「海賊+(おまけ要素としての)アサシン」みたいなゲームにはならないようにお願いしたいところである。

アサシン クリードIII【CEROレーティング「Z」】

アサシン クリードIII【CEROレーティング「Z」】