Amazonプライムビデオのトップページにある映画を勢いで観よう、と思って『TENET』を観始めた。結構面白くて最後まで観てしまった。
最初はどんな映画か全くわからなかったが、「某ラジオで色々ツッコミが入っていた映画だな」と観るうちにだんだん思い出した。
数々のSF描写の説明のつかなさ、整合性の無さについては各所でツッコミが入っているので今さら言うべきことは無いだろう。自分は最初の銃弾の挙動からもうお手上げだった。
話が進む内に「よくわからなさ」が増していき、ラストバトルでそれは頂点に達した。わからなさのクライマックス。
大抵の物語は、話が進むに連れてわかるようになっていくものだが、この映画のSF描写はその逆。ある意味すごい体験だった。
しかしストーリーの方はベタなスパイ映画。
主人公が特殊な任務を受けて、美女の協力を受けつつ、邪悪なボスを倒す。あまりにもわかりやすい。
また、SF描写はわかりにくいが、「徐々にSF描写による画作りを増やしていく」という手つきは絶妙に良かった。
最初は「銃弾が銃に戻る」というささいな描写から始め、次は逆行する兵士との戦い。
徐々に視聴者を「逆行」に慣らしていき、期待値が高まったところでいよいよ主人公を逆行する世界に放り込む。
そしてラストの戦場では「順行」と「逆行」が入り乱れがなにがなんだかわからないむちゃくちゃの、ある種の祝祭空間を作り出す。あそこを初見で完全に理解できるのは、おそらく逆行経験者だけだと思う。自分はもう理解したいという気持ちすら起こらない。
時間を扱ったSFはとにかくこんがらがりやすい。以前『ジョジョの奇妙な冒険』の「時間飛ばし」についてマジメに考えてみたことがあるが、 あちらはおそらく「複数の能力を説明無しにひとつの能力であるかのように描写したこと」がわかりにくさの原因ではないか、という結論に達した。
それに比べると『TENET』の製作者は、そもそもSF的整合性を考えるつもりは初めから無く、とにかく「順行と逆行をひとつの画面の中で描いたら面白いんじゃないか」という動機が起点だったんじゃないだろうか。
確かに時間軸に関する画作りの整合性は完璧に取れているのかもしれない。順行した世界と逆行した世界を両方描いた場面では矛盾なく両者に同じことが起こっている。
しかしSF的な描写はどう考えても腑に落ちない。順行する人間と逆行する人間が殴り合うことなど不可能ではないか、とか、光が逆行するならなにも見えないんじゃないか、とか。
間違いなく画作りはスゴイ。なるべくCGを使わずやろうという気概も伝わってくる。
しかしなにか深遠なことを見る人に問いかけてくるタイプの映画ではないな、とも感じた。もちろん、すべての映画が深遠であるべきなどと言いたいわけではない。
某ラジオの批評によると、「時間をコントロールすること」にまつわる創作論・映画論のようなメタ的なテーマが含まれているとのことである。なるほど。
「時間の流れ」で思いつくゲームと言えば「SUPER HOT」。自分が動くと世界の時間も動くFPS、というかなり変わったゲームだった。
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「Braid」というパズルアクションゲームは、自在に時間を巻き戻すことができ、それがパズルを解くための方法になる。わりとこの映画の描写に近い。
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ゲームの時間の流れは作品やゲームジャンルによって様々。プレイヤーがボタンを押すことで初めて時間が動き出すターン制のゲームもあれば、完全リアルタイムのもの、はたまたプレイヤーが自由に時間を戻したり進めたりできるものもある。
必ず一方向に流れていくという映画の特徴は、弱みであると同時に強みでもあるのだろう。などとわかりきったようなことを言ったけれど、自分は全然映画を見ないので本当は何もわかっていない。